営業部長が開発担当の私に「相談がある」というときは、大体、骨の折れる仕事が待っている。予想は的中し、PITPROから聞いたことのない依頼が届いていた。なんでも、「走りながらエンジン内部をキレイにする特殊製品をつくりたい」ということだった。
そもそも、エンジンオイル自体に汚れを落とす役割がある。PITPROが求めているのはさらに上の洗浄効果だ。オイル交換では取り切れない汚れを除去し、その上で一定期間の走行に求められる性能を実現させることだという。そんな便利なものがあるなら自分が使いたい。無茶な依頼だが、もし完成したら、売れるだろうと感じた。
私たちの会社は、潤滑油のサプライヤーとして半世紀以上の歴史がある。品質の良いエンジンオイルを安定的に供給することで信用を高めてきた。しかしながら、最近ではハイブリッド車や電気自動車がシェアを伸ばしていることもあり、エンジンオイルの需要は頭打ちの傾向は否めない。現状を打破するための新しいチャレンジが求められている。
技術スタッフと開発スタッフが綿密な打ち合わせを重ねて、開発の方向性を定めていく。
それにしても、エンジンオイルに新しい成分を加えることは、我々にとってはリスクだ。これまでは、オイルは決められたオーダーをもとに、決められた原料を決められた配分でブレンドする仕事が大半を占めていた。エンジンオイルとしての効果も安定しているし、我々としてはリスクが少ない事業だ。
一方で、PITPROのオーダーは、オイルに洗浄効果のある成分をブレンドするため、まだ誰も正解を持ち合わせていない。洗浄効果のある成分が、オイルに悪影響を及ぼす可能性も考えられるし、期待される洗浄効果を発揮できない可能性もある。施工するメカニックやユーザーに危険を及ぼすようなものは、世の中に出すことはできない。取り掛かったのはいいものの開発途中で頓挫することになったら会社に損害を与えることになる。まだ世の中に普及していない画期的な商品だから、ハイリスク・ハイリターンになるのは当然だ。
現場で使うメカニックとユーザーの声を集めてきたPITPROの担当者と、開発の方向性について話し合った。「こんな原料を入れたらいいんじゃないか」「あんな原料を入れたらいいんじゃないか」と意見が出てくる。たしかに洗浄効果を高めるには入れたほうがいい原料だが、それが潤滑油と混じったときの相性もある。潤滑油はただの油ではない。効果を発揮するための絶妙な配合割合があるのだ。
どの原料をどれだけ添加するべきか。最適な割合を出すためには実験して試すしかない。ビーカーを使って何百回も配合を試して、サンプルを出していく。サンプルをもとに粘度や、高熱での安定性などの試験を重ねる。
さらにそこから“望む成果を得られるまで”性能評価試験をやり続けていく。
PITPROでは、社用車からメカニックの自家用車にまで数十台に渡り、燃費やオイル性能の測定、乗り心地や騒音など快適性の改善をテストした。サンプルでのやりとりは、もう数えきれないほどだった。特に、燃費や環境負荷テストには多額の費用がかかるので、よほどの覚悟がなくてはできない。それでもやると決めたからには、PITPROの先にいるメカニックやユーザーの期待に応えるものを出していきたい。未知のリスクを負って世の中にまだないものを生み出すという経験は、これからの我々にとって必要なものだ。
ビーカーで実験を重ねたあとは、実際にクルマに入れて燃費や環境負荷のテストを繰り返す。
結局、PITPROオイルラインクリーニングなどの商品群の開発に要した時間は1年以上。私たちにとって初めての経験の連続だった。産みの苦しみは味わったが、だからこそ他社に簡単に模倣できるものでもないと自信を持っている。
完成したPITPROのオイルラインクリーニングは多くのユーザーに使っていただける商品になった。営業サイドも、まさかこんなに反響があるとは考えていなかったようだ。
新製品誕生までの道のりが長いからこそ、世の中に出すときの喜びもひとしおだ。
商品が売れれば売れるほど、クレームなどのリスクも増える。それをしっかり受け止めてアフターフォローし、開発に生かすのも僕たちの仕事だ。PITPROはそこから逃げない。しっかりと車種や年式、コンディションなどのデータを集めた上で自分たちに調査を依頼するのは、メカニックとユーザーを想ってのことだろう。
自分たちがリスクを負ってでも新しいものを生み出したいと思うのは、PITPROの本気が伝わってくるからだ。リスクなしにリターンはない。挑戦の先に新しい価値がある。ただ、ようやく開発がひと段落したところだというのに、また営業部長から「相談がある」という。今回のオイルラインクリーニングのヒットを受けて、リニューアル商品を考えているのだろう。より高い効果と品質を求めて、私とPITPROの挑戦は続く。
信田 哲宏 様
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